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キャリアストーリー 常に与えられた部署で、意欲を燃やせる課題を見つけよう。その経験の連鎖が、プロフェッショナルとして鍛え上げる。

キャリアストーリー 常に与えられた部署で、
意欲を燃やせる課題を見つけよう。
その経験の連鎖が、
プロフェッショナルとして鍛え上げる。

増田 真男

企業金融第5部担当部長 / 1991年入行 /
経済学部卒
(現在は企業金融第3部 部長)

入行時の目標は「経営のできる金融パーソン」になること。行内研修で講師を務めた際、後輩たちに、「仕事への燃え上がるような情熱を持つ人財であれ」との思いを込めて(稲盛京セラ名誉会長が言うところの)「自燃性人間になろう!」と呼びかけた。今なお、後輩たちに「熱い情熱」を求めていることから、「経営のできる」という目標は、経営スキルに加え、仕事への情熱も併せ持つバンカーを意味していたのだろう。

1年目~

金融・調査の両方の側面から産業の成長を支援。

入行後最初の7年間は、営業・調査合わせて4つの部署をローテーションしたが、一貫して化学業界を中心に担当し、業界のあるべき姿を考えて、それを実現するために金融・調査の両方を使って産業の支援をするという仕事をしていた。特に調査部で、担当する業界を深堀りして分析する経験ができたのは自分にとって非常に貴重であった。仕事において企画力は非常に大事だが、実はその前提に優れた調査力が必要というのを最近あらためて感じることが多く、若い時期にこのような経験ができたことが自分の礎の一つになっている。その後、4年間は省庁と営業部門というローテーションの中で政策と金融の二つの側面からエネルギー業界の成長を支援した。

12年目

スタンフォード大学に留学。入行以来の蓄積を棚卸しすることができた。

2002年、スタンフォード大学のビジネススクールに1年間留学。これまでの実務経験で身につけた知見やスキルを、ビジネススクールで学ぶ理論と突き合わせることができた。それまで未整理のまま放置されていた知識やノウハウを、あたかも「棚卸し」をしたかのように、それぞれの価値と連関性を理解することができた。と同時に自分に全くないものが何か(例えばマネジメント能力)も分かってきた。この足りない能力は、留学中に理論やフレームワークを学んで、マネジメント層になった最近ではその時の知識を活用しながらビジネスに取り組んでいる。

21年目

大手エアラインの事業再生の経験も活かし、新たなビジネスを展開。

2003年、帰国。2度目となる調査部へ異動後、総合企画部(現業務企画部)を経て、2007年には企業戦略部へ異動となり、M&Aのアドバイザリー業務を担当した。営業部門で、製造業やエネルギー業界を長く担当していたので、これらの業界の成長戦略の構築にアドバイザリーの形で長く役に立ちたいと考えていた矢先、2009年10月に企業金融第4部に異動となり、大手エアラインの事業再生に携わることになった。
「再生のために何をすべきか」議論を重ねた結果、再生計画の軸に据えたのが所有する航空機の編成を大胆に見直すことだった。それはDBJが90年代、円高に苦しむ鉄鋼、化学などの業界に行った再生支援の経験を活かしたものだった。大手エアラインの事業再生も終わり、その次に日本の航空業界にDBJはどう貢献できるか。そのためには航空業界を世界の中での日本として捉える必要がある。ならばと世界の航空業界の資金需要に応えていくべく、新たなチームを立ち上げて、グローバルな航空機ファイナンス業界に参入した。海外のプレーヤーと伍して様々なディールに取り組む中で知見を蓄積していき、近年では、国内の中堅航空会社向けに航空機ファイナンスの手法を活用するなど、海外でのノウハウを日本に還元することも実現した。

25年目~現在

企業金融第5部担当部長
エネルギー市場の変革を金融面からリードするプロジェクトを推進。

2015年より、企業金融第5部の担当部長としてエネルギー業界を担当。電力市場の自由化をはじめ、日本のエネルギー市場は今後大きく変わることが必然である。この変革を金融面でリードするのがDBJの役割と考えている。そのためにはこの分野に詳しい金融機関であるべきで、日本より自由化が進んでいる欧米のエネルギー関連のファイナンスを多数手掛け、航空機ファイナンスのように、そのノウハウを日本に還元していくことも重要で、これこそがDBJで海外業務に取り組む意義と考えている。入行8年目から4年間、エネルギー業界を担当した経験も活きているが、この13年間エネルギー以外の業務に携わった経験も活かせることがある。例えば航空機の経済性や航空産業の収益性は燃料価格による影響が非常に大きいし、航空機ファイナンスの手法をエネルギーに応用できるという点など、一見関係なさそうに見えても、「自分の問題意識次第でつなげられるのでは?」という発想を常に大事にしている。金融マンとして専門性も重要だが、専門性と並んで我々が付加価値を出せるのは、事業会社の人とは違った経験なり視点があるところだと思う。着任して1年目で国内初となる大規模風力発電事業の共同運営ファンドを組成できたのも、これまでの経験があったからこそ実現できたのではないかと考えている。
部長になって、部下に仕事を委ねる機会が以前よりも増えた。その際に、私が大事にしているのは、ビジョンや考え方、情熱といった部分。それらを私と共有できるかどうかを重視している。そこが共有できさえすれば、小さなミスはリカバリーできるはずと考えている。だから部下とは緻密で熱いコミュニケーションをとるように心掛けている。

これまでのキャリアを振り返って

日本の武道などにおける師弟関係のあり方の一つである「守破離」という考え方が私は好きで、DBJのキャリアパスもこれに比較的マッチしているかなと思う。最初の8年程度は複数の部署をローテーションし、いろいろな上司や先輩、お客様と接しながら、学ぶべきことを学んで、見よう見まねで型を学んでいく(守)。次の8年程度はそれを土台にして自分なりのアレンジを加えていきながら、吸収したものを改良していく(破)。その後は、完全に自分流というのを確立して、まさにDBJらしい仕事を先頭に立ってやっていく(離)ということなのかなと。

私自身、DBJでこのようにキャリアを歩んで来られたかなと思うが、実際キャリアの中では希望していない部署も多かった。しかし自分の中で一貫して「常に与えられた部署で結果を出す。希望していないところでも必ず何か得るものがあるはず」という信念を持っていたからこそ、どの部署でも熱くなれる仕事に出会えた。このような経験があったからこそ、今のプロフェッショナルな自分がいるのだと思う。

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